尊敬しているのだから、当たり前といえばあたりまえだ。己だって無理を言ってついてきたのだから。
 そうしてあこがれの人と共に過ごし、共に戦い、共になり…。
それなのにこのもやもやはなんだ、なぜあの人が尊敬される方と一緒にいるところを見るとスパークが苦しくなるのだろうか。
 頭部を抱え、ロードバスターは「わかんねぇ!」と吐き捨てた。
「ホットショット殿…」
 彼の記憶回路に映るのは楽しそうに話す、ホットショットと――ロディマスコンボイ。
 遠い昔にセイバートロン星を飛び立ち、各宇宙を旅する伝説の英雄。ホットショットの、憧れのTF(ヒト)。
「うう…」
 なんなんだろうか、このもやもやする感じは。殺意は持つはずがない、ロディマスコンボイはサイバトロンであり、憧れの人の尊敬する人だ。
そんな人に持つはずなどない。だが、この許せないような似た感傷はなんだろうか。
<ロードバスター、ちょっといいか?>
「っは、はい!?」
 突然の通信に思わず座ったまま背伸びをしてしまう。なにせ、声の主は今考えていたトランスフォーマーだ。
<今ロディマス殿とお茶してるんだが、お前もこないか?>
「自分は…」
 せっかくの誘いだ。なにを戸惑うことがある。しかしロードバスターは二の句が告げずにいた。
ホットショット直々の呼び出しは迷惑どころか嬉しいものだ。その声が第三者を告げなければ即答したことだろう。
<色々為になるぞ>
 楽しそうな声に、こくりと喉を鳴らし「はい」と答えた。場所を伝えられ、通信が切れるとロードバスターは息を吐いた。
「自分のバカ野郎ォッ!!」
 冷静にいられるかどうかも定かではないのに。


 ホットショットの部屋に入れば、ロディマスコンボイが向かい合わせに座っていた。
「来たな。紅茶でいいか?」
「い、いえおかまいなく!」
「遠慮するな、どうせ喉乾くぞ?」
 立ち上がり、カチャカチャとティーポッドをいじるホットショット。曖昧に返事をして、ロードバスターは立ち尽くす。
「ロードバスター、ホットショットの隣に座れ。いつまでも入り口に突っ立ってるつもりか?」
 少し笑いながらロディマスコンボイが促す。はっとしていそいそと椅子に座った。
「ほい」
「あ、ありがとうございます」
 きれいな色の紅茶が入ったカップに感動しつつ、安心感からか急にのどが渇き「いただきます」と口に付ける。
「で、ホットショット。あの時の続きなんだが…」
「あ、あれを話すんですかぁ!?」
「……」
 入れ立ての紅茶を飲みながら、隣で談笑する上司たち。やはりスパークが締め付けられる。
それは、自室にいたときよりもきつく、今にも泣きそうになるほどに。
 ホットショットが恥ずかしそうに照れる、それをからかうロディマスコンボイ。どうしてだろうか、すごく――モヤモヤする。
(どこか壊れたのか?)
 定期検診はまだ先だ。それに簡単なチェックならすませている。
「ロードバスター?」
「っは、はい?」
「どうした?」
「いえ…」
 名前を呼ばれて気づくなんて。
 ロードバスターは心の中で舌打ちした。
「旨くなかったか?」
「そ、そんなことないであります! おいしいです!!」
 心配そうに見上げるホットショットに、ぶんぶんと360度回転しそうな勢いで首を振る。
憧れの人が入れてくれたものがまずいわけがない。
「何か悩みでもあるのか?」
 顎に手を添え、ロディマスコンボイが尋ねてきた。
 心配そうにホットショットも見上げてくる。
 悩みというのだろうか。あなたがいるとすごくモヤモヤするんです、なんて言うことができるほど偉くない。生意気すぎる。
 しかし、憧れの人をこれ以上心配させるわけにはいかない。
「悩みといいますか…その…」
 かちゃ、とロディマスコンボイがティーカップを置いた。中は空だ。
「お2人がお話ししてるのが楽しそうだな、と…。ああ、すみません自分何言ってるんでしょうか」
 わたわたと両手を胸の前で開いて横に振り、違うんですと慌てるロードバスター。
彼の様子に、ロディマスコンボイはふっと笑い、立ち上がった。
「ホットショット、話しはまた今度だ」
「え?」
「あとは2人で話せ。ごちそうになったな、失礼する」
 椅子を戻し、そう言って伝説の英雄は退室した。残されたのは、部屋の主とその後輩。


 数秒間の沈黙後、ホットショットがはっとして、くすくすと笑いだした。
「…ホットショット殿?」
 肩をふるわせているというのが、ウィンドウパーツが揺れているので分かる。
「いや、悪いわるい。くく…」
 謝りはするものの、笑いはとまらない。いぶかしむロードバスターの手を取り、ホットショットは向き合った。
 ふいに捕まれた手に、ロードバスターは顔の熱があがるのがわかった。今更かよ、とまた憧れの人は笑う。
「ロードバスター」
 青い瞳(アイ)がじっと見る。
 握られた手と、見られていることから悟り、己も水色の光を消して待ちかまえる。
 ガシャ、と音がして口が合わさる。
「ほんとにかわいい奴だよなぁ、お前は」
 ぎゅっ、と頭部と顔を抱きしめられロードバスターは「どっちがですか」と心の中で呟いた。
(この人には振り回されてばかりだ…)
 あのモヤモヤはいつの間にか消えていた。

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