また小言を言われるな。
頭脳回路の片隅でそう考えながら、アイアンハイドは知り合いがいる医療施設へと入った。
施設の中にはまばらに置かれた灰色の台が数個と、それらよりもひと回りほど大きな台が奥にひとつある。
大きい台の周りには数種類の細々とした機械があり、白い体を持ったロボットが腰を屈めて作業をしていた。
「ラチェット」
台の傍まで行き、アイアンハイドは白いロボットに向かって名前を呼ぶ。ラチェットと呼ばれたトランスフォーマーは彼のほうを振り向き、水色の瞳(アイ)を大きくさせた。
そして赤い体(ボディ)を台の上に叩きつける。
「痛ッ・・・!」
「お前は一度、壊れないといけないらしいな!?」
叩きつけられたアイアンハイドは「すまん」と小さく謝った。その声に鬼の顔だったラチェットは腰に手を当て、ため息をつく。
「まったく。どうしてお前さんはそうやって毎回まいかい、怪我をしてこれるんだ?」
「……」
「痛覚回路は正常か? 我々とて不死身ではないんだぞ」
機械の作業を中断し、ラチェットは愛用の道具を腕から取り出した。
ペン型の細いもの、レンチにピンセット、小型のハンダ付けなどをアイアンハイドを寝かした台の傍の机へと置く。その中でなんの道具もとらずにラチェットは彼の外装を外していく。とはいえ、そのほとんどは壊れて中のコード類が見えていたのだが。
慣れた手つきで切れたコードを繋ぎ、溶接していく。修理の音だけが、室内に響いていた。
デストロンとの戦いでアイアンハイドはよく大怪我をしてくる。彼自身、気をつけていても最後にはボロボロになってしまう。
基本的に、サイバトロンであるアイアンハイドは戦いは好きではない。だが、誰かが攻めなければやられてしまう。銃を取った時から彼の“戦士”としての“業”(ごう)が生まれたのだ。
損傷した右腕、外れた左腕に左肩。火花を散らす左胸に右膝関節部。頭部の右斜めにこすれた跡。はたから見ても重傷と分かる。
「私はお前さんの専門医ではないのだがね」
カチャカチャと赤い手を動かしながらラチェットは呟く。
「引き際を謝ればその場で命を落とす。アイアンハイド。おたくは医者泣かせだよ、まったく」
天井を見ながらアイアンハイドは黙っている。ぶつぶつと言うものの、ラチェットはなんだかんだで直してくれる。積極的に戦場に出ることはないが、“医者”としての“業”を彼は持っているのだ。そして、その腕は超一流。
見る間に直っていく感覚に酔いしれながら、アイアンハイドは毎回思う。
彼の右に出る者は、おそらくいないだろう。
ラチェットとアイアンハイド。
2体は同型でありながらボディの色のように、全く逆の業を持っている。そしてラチェットはサイバトロンの中でも飛び抜けていた。
彼に直せないものはないのではないか、と思うほどに。
小言を言いながらもラチェットの手は休まない。赤い手が、アイアンハイドの目(アイ)の前に被さられる。それに彼はアイの光を消した。
ひやりとした感触を頭部にうけ、一瞬ボディを強張らせるも、それだけだ。
「終わったぞ」
その言葉を合図にアイアンハイドはアイに光を灯し、起き上がり両腕を動かす。
立ち上がって腰や足を動かし、最後に首を動かして終了。元通りどころか前よりもスムーズになっている。
「サンキュ、ラチェット」
「どういたしまして」
礼を言えば先ほどの顔とは打って変わって笑顔で応えられる。ラチェットは分かっているのだ。アイアンハイドが、“戦士”の業を持つサイバトロンが、戦わずにはいられないことを。
「あぁ、そうだアイアンハイド」
「ん?」
立ち去ろうとしたアイアンハイドを呼び止め、ラチェットは拳をつくった右手を挙げた。
「今度無事に帰ってきたら飲み会するからな。無茶はしないでくれよ、兄弟」
ラチェットの拳に黒い拳を当て、アイアンハイドは
「ああ、分かったぜ兄弟」
と答えた。
文句を言いつつも、修理(なお)し、パーティ好きなところなどユーモアも効く、同型機にアイアンハイドは笑みを零すのだった。
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