行きつけのバーで1体、ブロードキャストは上質のエネルゴンを飲んでいた。
 同時期に生まれた音楽仲間がもう少しで来ると判っていたために。
 時に同じ場所で、時に違う場所で働くが、仕事終わりにはこうして飲み交わす。もう何百年も続いている。
 カウンター席で、マスターと向かい合わせになる確率の高い中央の2つ。そこはブロードキャスト達2体の指定席となっていた。
 ――ドアが開き、1体のトランスフォーマーが入ってくる。迷わず、ブロードキャストの左横へと座り注文する。
 冷却固形物の入ったエネルゴンドリンクが、トランスフォーマーの前に置かれた。
「お疲れさん」
 右の人差し指と親指でコップの縁を持ち上げながらブロードキャストは言った。
 相手は無言のままエネルゴンを口にする。
「俺さー、このままじゃダメな気がするんだ」
 相手は何も答えない。
「戦いが始まって…いつからかは分かんないけど、でも始まって…自分だけ何もしないってのは」
 戦闘能力は備わっているものの、それは最低限の装備であり、格別というわけではない。通信兵とはそういうものだ。
「できれば、自分の好きな音楽聴いて好きなように過ごしたいよ? でも、なんていうか…」
 誰かの役に立ちたい。その言葉は口にせずとも相手に伝わっていた。そういう能力があるからだ。
「ソウカ」
 強いエフェクトのかかった低い声が、無機質に答える。
「だがら、俺っち、“ココ”に入ったんだぜ!」
 トン、と胸部の右側を見えるように座りなおして叩く。
 赤いエンブレムがキラリと輝く。
 一瞬、相手はコップを持ち上げたまま固まったがすぐに中を飲む。
 紅のバイザーが揺らぐアイを隠してくれたのが、せめてもの救いだ。
「俺は“ココ”で、とびきりの『音』を聴かせる。早く戦争が終われる『情報』を流す」
 コップを煽り、ブロードキャストは続ける。
「なあ、サウンドウェーブ。お前も俺と一緒に来ないか? 2人ならきっと…」
 紺色のボディに紅のバイザー、白いマスクを着けたトランスフォーマーに、ブロードキャストは嬉々として語り続ける。
 知らないというのは時として残酷だ。知っているのを前提として話すのと、知らないのを前提として話すのとでは、ダメージが違いすぎる。
 エネルゴンを飲み干し、チップを置いてサウンドウェーブは外へと出て行く。
 赤いエンブレムを持つトランスフォーマーも慌ててチップを置き、後を追う。

 深夜の路地裏は誰も通らない。
 サウンドウェーブとブロードキャストは向かい合わせに立っていた。
「一体どうしたんだよ?」
「……」
 無言のまま、サウンドウェーブは自らの胸部にある黒いパネルに指を当て、離した。
 そこに現れたのは、
「なっ…」
 ――青紫色のエンブレム。
 ブロードキャストは勢いよくサウンドウェーブに飛びかかり胸倉をつかんだ。
 表情は分からないが、変えてもいないだろう。
「お前! 何で、何でデストロンに入っちまったんだよ?!」
 紺色のトランスフォーマーは答えない。
「知ってんだろ?! ヤツらは無抵抗のセイバートロニアンを殺したんだぞ?! 町を破壊しまくってんだぞ?! 何で、何で…どうして…」
 頭脳回路が激しく動き、回転数は平常時よりも多く、それ以上言葉にするのは不可能に近かった。
 命を何とも思わない集団に、なぜ? と。
「――コレガ最善ノ判断ダカラダ」
「っ!」
 変わらない淡々とした口調で一言。それを聞いた瞬間、ブロードキャストはサウンドウェーブに殴りかかっていた。しかし、避けられる。
「俺達の能力はヤツ等のためにあるわけじゃない! 人殺しの道具じゃねぇんだぞ!?」
「情報ヲ多ク持ツナラバ、力ヲ持ツナラバ、ソチラニツクノハ適切」
「この…サウンドシステムの面汚しが!!」
 力があるからといって、平気で人を傷つけるような軍団についていいわけがない。
 変形し、ブロードキャストは超音波をぶつける。
 モロにくらったサウンドウェーブは吹き飛ばされた。
「デストロンになんか入りやがって…お前なら分かってると思ってたのによ!」
 ロボットモードへと戻り、ブロードキャストはエレクトロ・スクランブラーを構える。
「グ…分カッテイナイノハ貴様ノ方ダ。アイツラハ…負ケル」
「んなのやってみなきゃ分からねぇじゃんかよ!」
「今マデノ情報収集…分析結果ダ」
 サウンドウェーブもブラスターガンを構えた。
「結果ヲ見テカラ言エ。口先ダケノイカレサウンドガ」
 2つの光線が同時に放たれた。


 袂を分かつとはこのことか。
 ふとブロードキャストの脳裏にそんな言葉がよぎった。
 今まで仲が良かったのに、バラバラになってしまった。
 相手はデストロンに、己はサイバトロンに。
 考えがあってのことだと思ったのに、そうではなかった。
 気づくと、相手の姿はなかった。とりあえず命拾いはしたということだ。
「あんの面汚し…」
 命を何とも思わない軍団に入るなど、情報兵としてあってはならない。情報は時として、それだけで人の命を奪う。
「今度会ったら、叩き潰す!」
 ガンッと握り拳を手の平に叩きつける。
 相手がデストロンである以上、どこかで会うはずだ。
 通信兵として情報を集めれば、確実に。
 何100年の時を経ても、この決着はつけるとブロードキャストは誓った。


 トランスフォーマー達に人格を与えるウルトラコンピューター・ベクターシグマは、2体のトランスフォーマーに同等の力と正反対の人格を与えた。
 1体は明るく楽しめるメロディーを。
 1体は静かで落ち着くメロディーを。
 2体はほぼ同時期に造(う)まれ、それぞれ自らの能力(チカラ)に誇りを持っていた。また、正反対の性格でありながら同等の力を持つ者同士、認め合い2体は仲の良い好敵手だった。
 それも、遠い過去の事だが。

back