可愛い、という一言につきるのだが。
「……ハニー、それって」
両手を返し、手の平を突き出すのは子供のおねだりの仕方と同じだ。しかし彼は子供ではあるが、子供ではない、狭間にいる。
「なんだよ、ゼロス。ないなら悪戯するぞ」
むっと眉をひそめ怒りをあらわにするのも、本人が気にしている童顔と相まってかわいらしく見える。実際に、可愛いのだけれど。
「いやいやいやいや!」
待ってまって、と頭を振る。
「ロイドくん、それ仮装じゃないから! 自前だから!」
「おう、だから着替えなかった」
「着替えようよそこは!」
ロイドはお気に入りのいつもの赤い服に身を包み、背には大きな水色の翼を出していた。
確かに、出会った頃は少女が羽を出して「仮装」と言われてはいたが、なにも実行することはないだろう。
ゼロスは頭を抱えた。
にこやかに両手を差し出されて言われれば、可愛いの一言につきるのだが、いかんせんそこにいるのはウイッチハットを被った魔法使いでも、包帯を巻いたフランケンでも、牙を生やした吸血鬼でもない。
やや不透明な空色の羽をもった、天使だ。
「Trick or Treat」
翼をはためかせ、天使が両手の平をつきだし笑顔で言った。
思わず抱きしめたくなるのをぐっとこらえ、ゼロスは天使を招き入れた。
ハロウィンというのは本来、あの世から一度還って来た先祖を出迎えるという行事であったはずだ。悪戯好きな先祖を驚かし、楽しんでもらおうという。確かに、逆に仮装をせずにいればあの世に連れて行かれてしまう、とも言われてはいるが。
ゼロスの自室に入り、丸テーブルを挟んで2人は座った。
「ハニー、それは小さい子たちがすることよー?」
「なんだよ、いっつもガキ扱いするくせに」
むっと口を尖らせるさまはまさに子供。しかしそれを言えばほらっ、とお菓子をねだられてしまう。別に、菓子がないわけではない。ただ、この状況をもう少し楽しんでいたいだけだ。
「……じゃあ、ロイドくん」
ガタ、と立ち上がり腰をかがめ天使の耳へそっと口を寄せる。
「TRICK or TREAT?」
低く、呟くように言えばぼっという音が聴こえそうなほどに耳が赤くなった。
「お、おっまえ、なぁ!」
水色の翼が大きく何度も羽ばたく。
くすりと笑い、背筋を伸ばしてゼロスはドアへと向かう。
「最高級の菓子持ってきてやっから」
「ミルクティーもな! あとお前には菓子ねぇから!」
赤い顔のままロイドはびっ、と部屋の主へ人差し指を突きつける。
背を向け手の平で答えてゼロスは部屋を出、そのまま階段を降りていく。。
お化けといった類が街を歩き回る中を、迷い込んだ天使にクッキーをおすそ分けしようと考えながら。
――楽しいティータイムのはずが、少し席を外しただけで
「ちょ、俺さまのクッキーは!?」
「言っただろ、お前のお菓子はない!」
「ティーポット持ってくるくらい待てよ!!」