それは奇跡と呼ぶにふさわしい。
 星空の下、木の枝の上で輝く夕日。手を伸ばすが、決して掴(つか)めない。
「なーによロイドくん?」
 掴めないそれを撫(な)でるように手を動かす少年に、ゼロスは問う。
「そんなに気に入ったのか?」
 ゆらゆらと動く夕日は、光の鱗粉(りんぷん)を零す。
 撫でていた手を止め、ロイドは背中に意識を集中させた。
「だって、綺麗だ」
 呼応するかのように、空色の翼が羽ばたく。
「お前が嫌う、天使の羽だぜ?」
天使は確かに嫌いだけど…羽は嫌いじゃない」
 含みを持った問いかけに、少年は即答した。
「あの時は…世界再生の意味を知るまでは、コレットが天使になって綺麗だって思ったんだ。もちろん、感情も心も失わず、羽が生えた時だけど」
 純真無垢な少女を輝かせる桃色の羽。
「似合ってる。綺麗だ。そう思った。だから、羽は好きだ」
「ふーん…」
 少女の羽は確かに綺麗だ。しかしゼロスが最初に会ったのは完全な天使となった彼女。
 ただの、傀儡(くぐつ)。
「俺さまは嫌いだったな」
「え?」
「だってよー、羽は天使化の証だろー? あのがきんちょの言いなりになっちまうんだぜ? そんなのは真っ平ごめんだ」
 夕日が羽ばたきをやめる。
 確かに、天使の象徴でもある羽は大きな衝撃を与えた。
 けれども。
「それでも俺は好きだ。ゼロスだって、今は好きなんだろ?」
「なしてよ」
「嫌いだった、てことは今は違うんだよな」
 にかっとロイドは笑い、空色の翼が伸ばされる。
「お前は俺達を助けてくれたし、俺のこれは母さんが助けてくれたんじゃないかって。そう思うとさ、凄く嬉しいんだ。俺達のやってきたことは、無駄じゃないって」
「……」
 ゼロスは神子の宝珠無しで天使化した。ロイドは母親のエクスフィアが特別だった。難しいことを考えずとも、自然と答えを出した少年にゼロスは絶句した。顔にはださないが。
「ゼロスは? やっぱ嫌か?」
 不安そうに首を傾げるロイドの背に手をのばし、ゼロスは
「いんや」
 と言った。そのまま、翼を撫でる。
好きだぜ、特にロイドくんのは」
 枝の上に立ち、ふわりと浮ぶ。そのままロイドの正面に行き、彼の腰辺りに飛ぶ。首を傾げるロイドに、ゼロスは左手を胸にあて右掌(てのひら)を差し出した。
 苦笑してロイドは掌を重ねる。
 ゆっくりと体が枝から離れ2人は宙に浮いた。
 そのままロイドはゼロスに抱きしめられる。
「ゼロス、好きだ」
「羽が?」
「ゼロスが」
 翼がはためき、ゼロスはロイドに接吻(くちづけ)た。
「俺も」
 互いに現われた羽は、まさに奇跡と呼ぶに相応(ふさわ)しかった。

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