甲板に出てさざ波を聞いていたら、ぞくっとした。悪寒、とでもいうのかな。でもわたしは恐怖を感じない。ということは…そう思っていたら、ふわりと“彼”が降りてきた。
「ディセンダー…感じたか?」
化身である彼が来たということは気のせいじゃない。
「うん。これは…『負』なのね?」
「…俺は出所を探る。分かり次第来るから、たまにここにいろ」
「分かった」
来たときと同じようにふわりと浮かんでその姿を消す。
まだ、完璧にまでは吸収できないのかな。それとも、外に出てしまったのが残っているのか。
ホールに戻るとカノちゃんが待っていた。
「さっき来たのって…“彼”だよね? 何かあったの?」
「んー…まだはっきりとしないけど、『負』を感じたらしいんだ」
「『負』を?」
「また来るって言ってたから、その時に分かると思う」
「…そっか。じゃあそれまではこれまでどおり仕事をしてようね」
笑顔になったカノちゃんに、わたしは頷いた。今、不安にさせるわけにはいかないものね。わたし自身もよく分からないというのが本音だけれど。
「世界樹が気になるとのことですので、調査報告をお願いします。同行者としてコレットさん、ゼロスさん、それからニアタさんが着いていきます。それでは、お気をつけて」
チャットからの説明を聞いて、ショップで必要なものを買占め、わたし達は世界樹に向かった。
目的地につくとコレっちが幹に触って「やっぱり…」と呟く。
「世界樹はまだ回復に時間がかかるみたい。だから、外に出ちゃった『負』を吸収することは無理なんだね」
「一度外に出てしまった『負』を取り込むのには世界を見る必要がある。それに対してもマナを消費してしまうから、世界樹にとっての優先順位が落ちてしまっているのだろう」
ディセンダーもいるからだからだろうな、とニアタは付け足した。そっか、だから“彼”が動いてたんだ。
「んで? ローズちゃんも気づいてるんだろ?」
「……?」
「とぼけた顔したってムダだぜぇ? マナの化身、世界樹から生み出されたディセンダーが『負』を感じないなんてこと、あるのか?」
本当にゼロスくんは鋭いなぁ。
「…うん。『負』があることは感じていた。だけどどこにあるのか、どれがそうなのかは分からない。今は為すことだけをするべきだと思ってるから、分からなくてもいいかなって」
正直に、自分の気持ちを話した。
「2人は、気づいたんだよね?」
「まあ、な」
「おそらくクラトスも気づいているだろう。我々も気づいたくらいだ…時期が訪れれば、やがてアドリビトム全員に知れ渡る」
「アドリビトムだけじゃない…その『負』が具現化したら、みんな…」
不安そうなコレっちに、そっと肩に手を置いた。
***
数日経っても彼は来なかった。暇さえあれば甲板に立つけれど、影と言えば雲だったり飛行機だったり…。
今は海底遺跡に行くために、海に浮かんでいるけれど時々他の場所に行くために空を飛んだりしてるから、捕まえにくいのかな。
縁に体を預けていると、ゼロスくんが現れた。わたし以外、誰もいないのを確認してぱっと背中に夕日を出した。
「ゼロス?」
「ちょっと気分転換♪」
そう言って彼はあっという間に地平線の彼方に消えてしまった。絶対というくらいに出さない、コレっちと同じ羽。
なにかあるんだろうなぁ。
やや遅れて、クラトスが来た。まっすぐにわたしに近づいてきたけど、ちょっと近すぎない?
「ローズ。神子が出て行かなかったか?」
「うん。気分転換って…」
「そうか…」
くるりと背を向けて戻っていってしまう彼を見て、ため息が出る。
「もうちょっと、言葉にしようよ…クラパパ」
世界樹に取り込めなかった『負』。
彼と神子んびが感じるほどに強い力。
灯火と言う名の宝物から造られたそれが、とても切なく悲しいものだと分かるのは、数日後だった。