行き来が自由な食堂で必要なものを揃え、ロイドはすたすたと先を行く。
 一晩のうちに積もった白い世界。足跡だけがついた昨日とは違い、ざくざくと音がする。
 地形が変わってはいるが、距離はそれほどに変わらず、半日も経たずにメルトキオへと着いた。
 そのまままっすぐに階段を昇り、城の前を右へと曲がる。
 晩餐会へと呼ばれた屋敷の隣、どの館よりも立派な建物の扉の前へと足を運ぶ。
 入り口前でゼロスは邸を見上げた。
 今は綿もない。それでも、空を睨みつける。
 この時期に、この銀世界で、邸に。
 ふいにぐいぐいと背を押された。
「何やってんだよ、早く入れって」
 は、とロイドの吐く息が白い。気温と体温の差があることを示すそれに苦笑せざるおえない。
「はいはい」
 がちゃ、と取っ手に手をかけ引く。
 ロイドも入り、扉が閉まる。即座に、執事が胸に手を当ててお辞儀をした。
「お帰りなさいませ、ゼロス様。ハニー様」
「おう、お帰りになったぜ〜」
「だからハニーじゃねぇって…」
 いつもの如く、いつもの調子で答えれば2人で顔を見合わせて笑った。
「外は寒かったでしょう。湯の準備ができております」
「さすが。じゃあ早速入るとしますか〜ハニーはどうする?」
「あー俺も入ろうかな。お前んちの風呂、でけーし」
「と、いうわけで食事の準備頼んだぜ〜」
 ひらひらと手を振って、ゼロスは奥へと消えていく。
 あとをすぐに追うかと思ったロイドは「そうだ」と、執事に伝える。
 そのまま、邸の主を追った。


 湯を浴びて、食事を。と思っていたゼロスは目を丸くした。
 会談用の客室。そこに座っているのは先にあがったロイドと、妹。
「起きてて平気なのか、セレス?」
「あら、帰ってきたかと思えばそれですの?」
 机はきちんと白い布がかけられ、食事も添えられている。
 くすくすとセレスはロイドと顔を見合わせて笑った。悪戯が成功したかのような子供の顔だ。
「せっかく近くまで来たんだから、一緒の方がいいだろ?」
 ずっと離れて暮らしてたんだし、と付け加えられた意味にゼロスは眩暈(めまい)がした。ぐっとこらえ、そんな様子は微塵(みじん)も見せないが。
「お帰りなさいませ。み…お兄様」
「……ただいま」
 かたんと席につけば「よっし」とロイドが手を合わせてナイフとフォークを手に取る。途端に腹の虫が鳴り、3人は声をあげて笑った。


 天蓋のついたベッドに転がり、ゼロスはロイドを抱きかかえるようにして眠りついた。
 くせがあるふわりとした柔らかな髪をそっと掬(すく)いながら、ロイドは顔を見る。
 くすりと笑って、瞼を下ろした。
 好きなだけ逃げればいいと言った。けれど、それだけでは駄目なのだ。互いに互い、自身を傷つけていたのだから、それに薬を塗らなければならない。
 かさぶたのできたところには意味がないかもしれないが、無理にはがしたところには意味がある。

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