好きなだけ逃げればいい、と。
 全てが片づいたなら、逃げたいならにげればいいと言われた。
 それでも、立ち向かわなければ、逃げてはならないことが――あるのだ。

 世界統合前は精霊との契約、なし崩しとはいえ腕の立つ医者を必要として、寒い地域に訪れた。
 現在(いま)は情報さえあれば行くが、この時期に好んで行こうとは思わない。何かしらの行事があれば別だが。
 久しぶりに訪れたサイバックは少しではあるが白い綿が積もっていた。
「この様子じゃメルトキオにも積もってそうだなー」
 膨大な資料が置いてある、王立図書館に情報を求めに来たはいいが、街の外からこの様子ではこの一帯はどこも白い世界が続いているだろう。
 はぁ、とロイドは息を吐いた。
 赤い手作りの服は冬用の生地で作られてはいるが、それでも寒さは感じる。
 音はしないが、足跡がつくほどに積もった白い道を歩いて街へと入る。
「ゼロス?」
 広場にはさすがに学生達も身を震わせながら外で談笑しているわけもなく、ねこにん探検隊すらも『休業中』の札を立てていた。
 すたすたと目的地である、王立図書館をまっすぐに目指す赤毛に、ふと声をかける。
「っん? 何かな、ロイドくん」
「……」
 フード付のコートを羽織り、ゼロスは紅色の髪を翻(ひるがえ)してにっこりと笑う。
 声の調子も変わらないはずなのだが、ロイドにはどこか無理をしているように思えた。
「宿、とったら話がある」
 ここで尋ねることもできるが、今は調査を優先させる。有無を言わせないきっぱりとした物言いに、ゼロスは一瞬目を点にするが、すぐに少年の後を追った。

 図書館にある量は膨大だ。1日で終わることはない。前回は祝福された少女がいたからこそ、すぐに見つかったが今回はそう簡単にはいかない。逆を言えば、量があるからこそ、無駄足には決してならないだろう。
 外に出ればもう陽も沈み、黒い空に光が灯っていた。
「空いてっかなぁ…」
「なんで先に取っとかなかったのよ、ハニー」
「そーいうゼロスこそ」
 いつもならば宿泊することを決めた街に着けば、即チェックインして、予約という形をとる。だが、この銀世界とはやく用事をすませたいという思いにかられ、失念していたのだった。
「…ま、ここは学生共が多いからな。空いてんじゃねーの」
 らしくない、とゼロスは頭をかいた。どうにも、狂わせられる。
 宿に行けば、一部屋だけだが空いておりそれでいい、とロイドは鍵を受け取った。
 旅をしていれば宿が埋まることももちろんあるし、野宿など慣れたものだが、きちんとした施設で寝られるのならば例え一部屋だけでもありがたいものだ。
 かたん、と双剣を置いてロイドはさっさと部屋を出て行った。その間に、同じように短剣を置いてコートをハンガーへとかけるゼロス。
 部屋には暖房器具が微弱ながらも音を立てて、室内を暖めてあるが、それでも寒いことにはかわりない。
 冬用の寝巻きを取り出し、カーディガンを羽織る。動きやすさから袖のない上着をタンクトップの上から着ているが、さすがに堪(こた)える。ぶるっと一度身を震わせた。
「気持ちよかった〜! ゼロス、入ってこいよ…って寒いのか?」
「いんやー? そんなに気持ちよかったんなら一緒に入れば…あだ!」
 ロイドの拳が、頭1つ上のゼロスのつむじに降ろされた。
 しぶしぶと言った様子で、愛用のトリートメント類を持って出て行く。




 部屋へと戻り、ゼロスはぎしりとベッドへ腰かけた。
 窓側にはロイドが座っている。その背中にぴたりと合わせ、やや体重を預ける。
「重い…」
「でっひゃっひゃ」
 窓からはちらちらと白い綿が舞っている。それを横目で見たゼロスはそのまま、移動しようとして背中の重みに気づいた。
 今度はロイドが体重を預けている。
「ゼロス」
「んー?」
 背が、軽くなる。
「明日、メルトキオ行くぞ」
 それだけを言って、ロイドはいそいそと布団にもぐっていった。
 別の場所へ、とは口にできなかった。この時期に、この天気を見て、知っているだろうに、あえて。
「ちょ、ロイド?」
 茶色い髪は揺れることなく、何も言わない。
 こうと決めたなら頑として譲らない。それが理想であっても現実とするために行動する。ただ指をくわえて他人任せにしないところは褒めたいところだが、この場合は。
(かんべんしてくれ…)
 こうなると何も言ってくれないだろう。あきらめてゼロスはベッドへと入った。

 ショックだった。けれど、周りが思っていることと。
 己が思っていることは、まったく別。

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